だいたい怒ってる。
風呂水を抜き忘れてたとか、子供の提出物を玄関に置いて行ったとか、何らかの理由で怒ってる。
受電してしまうと怒られてるのがみんなにバレバレになるので、あわててガレージに駐めてある車へと走る。
あまりに焦るので、壁の角で足の小指を強烈に打つ。
身もだえする。
しかし動揺を悟られてはいけないので、激痛をこらえながら車へと向かう。
その間じゅう携帯電話は怒りに身を任せて震えまくっている。
あと少しだ、車まであと数メートル。
長い。
相変わらず、電話の向こうからの怒号が鳴り響く。
もう、限界だ、電話に出るしかない。
そう決意して、ポケットに手をやった瞬間、バイブレーションが停止した。
だめだ、すぐに折り返さないと。
しかし、悪魔が囁く。
このまま無視するという選択肢もあるではないか。
重要な会議で出られなかったことにすればいい。
ガレージに立ち尽くし、そのリスクとメリットについて考えている。
向こうから目をかけてくれている先輩がやってきたが、スッと会釈のみ。
出世の前に、決断しなければいけないことが、今あるのだ。
ふと、この緊張感こそ普段の仕事にも必要なのではないかと思う。
しかし、再び携帯電話が震え始めた今、そんなことはどうでもよくなっていた。